晩秋の小田代ケ原 


                                            平成28年11月12撮影

小田代ケ原を取り巻く諸々の自然環境条件が年々悪くなってきている。
小田代ケ原通いを始めて約24年、もう以前の様な小田代ケ原を目にすることはないだろう。
動植物を含め、時の流れに逆らうことのできない現実下では致し方ないのだが…
小田代ケ原のシンボル、一本の白樺通称「貴婦人」も、御年70歳を超え生き続ける高齢樹。
主治医(樹木医)さんのお蔭もあり、なんとか頑張って立ち続けている。
が、その昔の若々さはなくなってる。高齢のせいか?化粧(霧氷)ののりも悪いようです(笑)

ここ15年の間、小田代バカ(常連さん)のメンバーも少なくなってきている。
高齢や病に倒れと、諸々の環境事情がお有りなんでしょうが、寂しい限りです。
1年を通し普段は全くお会いする事のない人でも、この時期ここへ来れば会える。
そんな奇妙な出会いをさせてくれる場所でもある。

1枚のポジ・フィルムをライトボックスにて覗かせて頂いた事がきっかけで
自分の「小田代通い」が始まった。その1枚の645ポジとは、
その当時、ラボ店も経営していた福田太郎先生の作品であった。
それまで、カメラの「カ」の字も知らない20代の自分。
丁度、小田代ケ原の旬の時期に捉えた、超・幻想的な1枚だった。
写真と言うより、まるで絵画の様な風景に衝撃を覚えたことは今でも忘れない。
一眼カメラさえあれば、自分もあんな風景写真を撮ることができるんだ…。
と、思い切り勘違いした事が「小田代通い」を始めたきっかけでした(笑)

全くの素人が、一眼カメラを持って通ってもなかなか思うように撮れない(笑)
が、とにかく、雨の日以外毎日毎日早朝、小田代ケ原に行った。
その当時は、車で小田代ケ原、西ノ湖、千手ケ浜と手軽に行けた時代だった。
平成5年、自然環境保護の観点から、車の乗り入れ禁止・低公害バスの運行が開始。
それからは、折りたたみ自転車を持参して、せっせと通った。

自分の場合、風景写真や家族写真を撮るためにカメラを手にした訳では無く
「小田代ケ原」を撮るためにカメラを手にしたと言う、極めて不純な?動機であった(笑)
とにかく、仕事で疲れていようが、家庭での用事があろうが、
自分の中には「小田代優先ルール」があった。今考えると…ほとんどバカorアホ(笑)


久しぶりに、その昔の記憶が蘇ったので、記録してみた。
   *

Archive